ダニエル・カーネマンの ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか? を読んでいたら、こんな実験の例が載っていた。
シカゴ大学のクリストファー・シーは、ある地元店の在庫一掃セールで売られているディナーセットに値段をつけてもらう実験を行った。
話を簡単にするためにコーヒーカップのセットに値段をつけることを考えてみよう。
上の絵にあるように A:3個の損傷のないコップのセット と B:3個の損傷のないコップと1個の欠けたコップのセット を見せられたとき、被験者は合理的な思考を働かせて A よりも B に高い値段をつけた。
ところが、A のみを見せられたグループの平均的な値段と、B のみを見せられたグループのそれを比べてみると、なんと A のセットの方が高い評価額がつけられた。
B の欠けたコップを無価値だとして、セットから除外すれば、A と B は等価のはずなのになんでこのような差が生まれるのだろうか?
という話である。
ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか? は行動心理学を扱った本なので、この後心理学的な思考のメカニズムに話が展開されるわけだが、ここではこの実験結果を少しビジネス寄りの角度から見てみたいと思う。
魅力と満足
クリストファー・シーの実験結果は「ひとは完璧を好む」傾向にあることを端的に表していると思う。
完璧でないもの、完全でないものが視界の中に混ぜ込まれていると、素晴らしいサービスや商品が見劣りする(悪いと埋もれる)ということだ。
仕事で声を掛けてもらおう、作ったもの・売っているものを「ほしい」と思ってもらおう、というとき、あなたのサービスや製品が見込み客から「どう見られるか」いうことはとても大事だと思う。
言い換えれば「魅力を感じてもらえるか」ということである。
魅力を感じてもらえれば利益を減らさずに(無駄に値引きしたりせずに)適正な価格で取引しやすくなる。
顧客は「ほしい」と心から思ったものを買えたわけだから、価格がどうとか言うよりもこの取引が成立したこと自体に満足してくれる。
他を当たればもっと安く買えたんじゃないだろうか?なんてことはこの「満足」の間はあまり考えたりしない。
その後長い時間を経て、買ったアイテムの利用価値が高いことを実感し満足度が継続すれば尚良い。
この場合、仮に他でもっと安く手に入ることが後付で分かっても、既に手に入れた「その」アイテムへの愛情や、いっしょに過ごした楽しい時間が値段の差を埋めてくれる。
早い思考の仕業
カーネマン的には人間の早い思考(システム1)は、満足が持続することを好む。
もっと言えば慣れ親しんものから得る満足を好む(危険は犯したくないというバイアスが働く)。
そして、早い思考は遅い思考(システム2。合理的に考えることが仕事の思考。努力というエネルギーが必要だがいつもは怠けている)に比べて支配的だ。
早い思考は短絡的なので、それが合理的かどうかよりも手っ取り早く入手できる結論を採用しやすい(これを専門用語でヒューリスティックという)。
また、採用してしまった結論が正当化されるように「もっともらしい」ストーリーをでっち上げるのも得意中の得意である。
つまりこの例で言えば(実際は不完全なものであっても)手に入れたアイテム=慣れ親しんだアイテムの「もっともらしい」正当性を、早い思考が自動的に補うのである。
僕もこのカーネマンの考え方には同意する。
自分自身のことを思い返せば納得せざるを得ない。
完全なもの「だけ」を売る
欠けたコップは何の悪気がなくても隣のコップ、そしてコップセット全体の価値を下げてしまう。
自分のビジネスをコントロールしたければ完全なもの「だけ」を売った方がいい。
- 毎日取り組めるもの。
- 問題が起きてもなんとか解消してみせるというモチベーションを維持できるもの。
- そのサービス・商品を利用してくれる顧客の笑顔を見るのが何よりも嬉しいと思えるもの。
そういう、完全なものへ向けて努力を惜しまない部分(いや寧ろ楽しんで努力できる仕事)だけを残そう。
そして残りは潔く捨ててしまうか棚上げしよう。
一時的には完全でない余計な部分が生んでいた利益がなくなってしまうだろうから、キャッシュフローやあなたの評価に大きな影響が出るかもしれない。
でも僕自身の経験ではそれはほんの少しの間だ。
その一時的な苦労を受け入れるだけで、その後はずっと仕事がしやすくなるはずだ。
(早い思考はまとまってやってくる不利益よりも分散されて少しずつやってくる不利益を好む傾向があるので要注意。カードローンを思い出してもらえば分かりやすい。)
完全なものだけに集中して取り組めば、顧客は自然とあなたを正当に評価してくれるようになるし、信頼も勝ち取りやすくなる。
そうなればあなたはビジネスをコントロールできるようになるので、より一層欠けたコップを惜しまなくなるだろう。
まずは、身の回りに散らばっている欠けたコップをゴミ箱に放り込むことから始めてみてはどうだろうか。